谷口真人 会長

水の多様性と持続可能な人・社会・自然の関係性

第14期(2022年4月–2025年3月) の日本水文科学会・会長を拝命しました,谷口真人です。日本水文科学会の前身であるハイドロロジー談話会の時代から,水循環と水環境に軸足を置いた水文学研究を進める先達の議論と成果を目の当たりにし,その面白さと社会の中での役割を実感し,心躍らせて研究活動を進めてきました。今回,会長という大任を担うことになり,設立35年を迎えた学会の運営について,学会を取り巻く社会の変化と学会発足時からの経路依存性の両方を考慮しながら,様々な意見を真摯にお聞きし,学会の進むべき方向性を議論していきたいと思います。

我々を取り巻く水に関する地球環境は,約1万年前からの完新世以降を見ても,定住化と農耕文明による水資源利用の固定化をもたらし,産業革命以降においては経済発展と多量の化石燃料による地球温暖化等に伴う水循環・水利用の変化が見られます。また緑の革命以降においては化学肥料による食糧生産の増大と水資源(特に地下水資源)の枯渇が進みました。また現在も進行中の都市化においては,近い水の利用から,仮想水を含む遠い水への利用の拡大により,外部環境への依存の増大をもたらしました。このようなグローバリゼーションは,わかりやすく均質な価値観による「水資源」の利用を増大させてきたと言えます。

特に人間活動の影響が加速度的に増大した人新世(概ね1950年代以降)においては,直近の新型コロナウイルス禍による心身の健康と自然環境との連続性や,ロシアによるウクライナ侵攻とその影響,定量化社会における格差と社会の分断など,様々な現象が複雑に連関しており,水文学・水文科学を含めてこれまでの個別のディシプリンだけでは,解決に至らない複合課題が山積しています。様々な課題が,「人の生き方(これまでは主に人文学)」と「持続可能な社会のあり方(これまでは主に社会科学)」および「地球環境問題(これまでは主に自然科学)」と連環していることが実感できる時代にあります。

地球環境の限界と閾値を超える連鎖による危機が指摘され(Steffen et al., 2018),人類はどのように持続可能な社会を構築できるかという課題を抱え,その中心には,人はどのように生きるべきかという最も重要な問いがあります。そしてこのような課題を解決に導くためには,複雑な社会経済生態システムのつながりと変化を理解し,人類生存のための規範的な方法を示し,持続可能な社会へと移行・転換する道筋を示す必要があります。さらには,異なる歴史・文化を有する多様な地域と地球環境の課題をつなぎ,人と自然との対峙ではなく,人と社会と自然の連環や,地球史・生命史・人類史・歴史を踏まえ,地域により異なる自然・社会構造の違いを理解し,その違いに応じた社会変容と社会実装の視点が重要です。様々なグローバリゼーションとこれまでの社会変容に対して,次の社会変容を我々がどのような意思を持って進めていくかが問われていると言えます。

このような水を含めた地球環境の背景を踏まえ,日本水文科学会はどのような研究のプラットフォームを目指すべきでしょうか。地球環境の中での水研究を進める本学会は,国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals(SDGs))のウェディングケーキ基盤層であるBiosphere(水・大気・生態系)の一つである「水」を対象に,人・社会・自然の最も重要な生存基盤の一つとしての水が,循環する事による諸過程と人間社会との関係を主に研究対象としてきました。これは地球の誕生以来変わらないものと,変化するものの動的な関係性の理解ということになるでしょうか。その中で,本学会の特徴の一つとして,水の多様性の視点からの研究を指摘したいと思います(谷口,2022)。地球上を循環する水は,その水の物理的・化学的多様性が生物多様性を生み,それが食の多様性や言語の多様性として文化の多様性につながっています。この多様性のつながりの基本になっているのが「水循環」であり,「水の多様性」が,人や人以外の生き物,および自然を含めたinclusive(包摂)な人・社会・自然を作る基本にあるのではないでしょうか。水質基準などの均質性の担保が必要な資源としての水に加え,人間社会以外の動植物や地球に必要な環境を維持する「水の多様性」が,これからの人・社会・自然のあり方を議論するうえでさらに重要になると考えています。様々な地域にある多様な水の利用・保全のあり方を理解しながら,それを共有する場として,学会が機能するよう工夫できればと思います。

本学会は,会員数やその研究活動の範囲などから見て,大きな学会とは異なった特徴を持っています。その中でこれからの3年間は,他の学会との関係性の強化を進めたいと思います。少子高齢化が進む日本の成熟社会において,関係人口(移住した「定住人口」でもなく,観光に来た「交流人口」でもない,地域と多様に関わる人々)の拡大が指摘されています。本学会も,関連学会との「関係会員」の増大を通して,学会の活動を活発化させていきたいと考えています。

またもう一つは,地球環境研究と持続可能性研究との連結による国際プラットフォームの中での本学会の位置づけを,強化したいと思います。これまでの約50年の地球環境研究の中で,地球規模課題研究であるWCRP/IGBP/DIVERTAS/IHDPから繋がる地球環境研究の統合は,成長の限界からリオサミット(およびリオ+20)や,ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals(MDGs))からSDGsにつながる持続可能性研究の流れと繋がり,Future EarthやSustainability Research & Innovation(SRI)などとして,一体化・総合化されつつあります(Shrivastava et al., 2020)。本学会も,IUGGの下部組織としてのIAHSのような国ベースの連合体の国際学会や,AGU/EGU/JpGUのような学会連合などとの連携のあり方も模索しながら,学会のvision/mission達成に向けて連携していきたいと思います。

本学会の活動はボランティアであり,学術界を取り巻く様々な困難な課題の中で,特に次の学会を担う方々の意見を十分に反映させる必要があります。十分な議論を重ねて,将来の学会のあり方を判断できればと考えています。

2022年4月1日 日本水文科学会 第14期会長 谷口真人