第15期に目指すもの―水文科学の10年後を展望する―

今期(第15期)の会長を拝命するにあたり,ここではその方針を掲げることで,本年の巻頭言としたいと思います。日本水文科学会に関わる研究や活動の動機は,基本的には水文過程の原理の究明とそのための時間的・空間的多様性の理解にあるといえるでしょう。これらの動機や目標は,学会創設以来大きく変わっていないと考えています。ただし,人間活動の加速にともなう地球環境の変化(気候変動,土地利用・植生変化,地形変化など)は,対象とすべき水文過程とその多様性という点で,より多くの分野(大気・海洋環境,物質循環,生態系,社会など)との共同研究や情報共有を必要としてきています。すなわち,最近は特に他学会(他の水関連学会だけでなく,理学,工学,農学,人文・社会学など)との連携が必須となっているといえるでしょう。国内では,日本地球惑星科学連合(JpGU)や日本地理学会などがその窓口となっていますし,国際的には,IUGGやAGU,EGUなどが該当し,それらの役割の重要性は高まっています。さらに,研究や学会の在り方は,研究者による研究者のための科学を探求する時代から,得られた科学的知見を地域・社会に還元し共有する時代へと変化し,目的やその関係者も多様になってきています。今期は,このような現状を踏まえて,より多様化する研究の重要な方向性を見定めていくことを目標としたいと思います。そのために,多くの分野を網羅するように多様な会員による研究レビューなどの成果が,本学会誌上で公表されていくことを期待したいと思います。なお,7年前の30周年記念大会の際にも同様の試みを主導しました(小野寺,2019;樋口,2019;飯田ほか,2019)が,その際は十分な成果には至らず(樋口,2021),その反省を踏まえて再度チャレンジしたいと思っています。特に,最近出版された教科書やレビュー論文など(水文・水資源学会編,2022;谷口,2023;日本地下水学会編,2024など)を参考にしながら,より深化させていくことを期待します。
さて,前述した水文科学研究の基盤的な目標とともに,前期の課題を踏まえた学会としての具体的な目標についても整理しておきたいと思います。2022年度から2024年度までの第14期(谷口会長,樋口常任委員長他の体制)では,本学会の持続可能な発展について,極めて骨太で踏み込んだ議論がなされました。具体的には,多様な世代と立場(分野や職種)のメンバーからなる将来構想検討ワーキンググループを立ち上げて整理された様々な情報が会員と共有され,特に会員の高齢化と現役世代の本務の多様化にともない学会離れが進むとともに,各種委員会の委員不足などが想定されること,査読論文出版本数の減少に歯止めがかかっていないこと,そしてそれらに対する効果的な対策を見出すのは容易ではないことなど,多くの深刻な課題が提示されました(樋口,2023;飯田,2024など)。一方で,水文・水資源学会との合同大会を2022年度(京都)および2023年度(長崎)に連続で開催し,両学会の各種委員会委員長による情報共有なども実施されました。さらに,2024年度学術大会(山梨にて単独開催)では,学会存続の方向性に関して,「学会を単独で存続」,「学会を存続して水文・水資源学会との連携を続ける(第15期終了時,存続に関する会員投票を再度実施という計画を含む)」,「学会解散の上,水文・水資源学会に合流」という3つのシナリオを提示し,活発な議論が行われました。その後の年度末に実施された会員投票では,学会を解散した上での水文・水資源学会との合流案の得票数が最も多かったものの過半数を超えず(47.2%),これまでの運営を維持することになりました。ただし,第15期も同様に会員投票を実施することについては,過半数以上(70.1%)が認める結果となり,第15期中に会員投票が行われることになっています。
第14期の成果を踏まえると,学会の現状が事務的にも研究発信的にも持続可能とはいえないことから,第15期は持続可能性の指標を具体化し,その現状と将来の可能性を精査していくことで,今後の目指す方向をより明確にすることを目標としたいと考えます。すなわち,「今後10年間程度におよぶ単独での学会の持続可能性を考慮した目標や理念の再構築が可能であるのか」という問いを立て,具体的な指標を定めてその実現可能性をしっかりと現実的に評価することを行っていきたいと考えており,学会が設置する2つのワーキンググループ(学会将来研究構想ワーキンググループ,学会運営検討ワーキンググループ)がその任に当たります。
具体的な指標としては,
①学会のスコープ(研究テーマ,活動方針)
②学会の成立要件である学会誌発行・学術大会継続とそのための体制
③周辺の関連学会(国際学会を含む)や社会(地域)との連携・交流と本学会の役割
の3つを中心に評価したいと考えています。これ以外についても会員各位から是非ご提案いただき,本議論に関わっていただきたいと考えています。
なお,今回の議論においては,現状の会員数や世代構成の情報に基づいて判断するだけではなく,研究テーマやスコープの再構築を踏まえた上での期待値としての成長可能性も想定していくことにしたいと思います。特に,①学会のスコープについては,本学会ないしは個別の会員の持つこれまでの研究シーズを踏まえて,その研究テーマが将来10年間でどのような位置づけにあるかを問うことになります。その点で最初に挙げた基盤的な目標と同様ということになりますが,このできるだけ多様なテーマを学会将来研究構想ワーキンググループで議論していきたいと思っています。これらの作業とその成果は,非常に夢があり後世に残るものになると期待しています。また,谷口(2023)によって示された地球–地域軸と帰納–演繹軸からなる水文学の座標区分において,水の多様性の領域を主とする本学会の多くの研究を,より詳細に明確にしていくことができるものと考えています。
さらに,他の関連学会にも参画する多くの会員にとって,「②本学会での論文発表や学術大会における研究発表をしていく意義を見出し続けていただけるのか?」という点は,これまでの多くの巻頭言や企画での寄稿(井岡,2021;樋口,2023など)で指摘されているように大きな課題であり,この点での持続可能性が見出せない限り,やはり本学会の将来を見通すことは困難ということになるでしょう。また,有益な議論を行うために必要なコミュニティ(檜山,2024など)はどのくらいが適正で,その体制を維持していけるのかといった点も議論していく必要があるでしょう。そして,③本学会としての学術的かつ社会的な役割については,これまでの現状を踏まえるとともに,今期中に他の関連学会や地域との連携をどのくらい進めていくことができたのかといった様々なチャレンジの結果で評価することになるでしょう。例えば,2022年および2023年の水文・水資源学会との合同大会とは少し違った形式での開催(一部共催で総会・研究集会は単独開催など)や,これまでに開催していない地域での開催,公開水環境巡検の開催などが考えられます。以上の評価指標に基づく具体的な評価については,学会運営検討ワーキンググループを立ち上げて,中立的に評価をしていただくことになります。これらの評価を含むすべての成果は,学術大会や学会誌を通して情報共有を進めていく予定ですので,是非多くの会員にご協力をお願い申し上げます。
2025年4月1日 日本水文科学会 第15期会長 小野寺真一